2014年10月20日

後悔

    「最後だとわかっていたなら」   ノーマ コーネット マレック(作)/佐川睦(訳)

あなたが眠りにつくのを見るのが最後だとわかっていたら、わたしはもっとちゃんとカバーをかけて、神様にその魂を守ってくださるように祈っただろう。

あなたがドアを出て行くのを見るのが最後だとわかっていたら、わたしはあなたを抱きしめてキスをして、そしてまたもう一度呼び寄せて抱きしめただろう。

あなたが喜びに満ちた声をあげるのを聞くのが最後だとわかっていたら、わたしはその一部始終をビデオにとって、毎日繰り返し見ただろう。

あなたは言わなくても分かってくれていたかもしれないけれど、最後だとわかっていたなら、一言だけでもいい、「あなたを愛してる」とわたしは伝えただろう。

たしかにいつも明日はやってくる。でももしそれがわたしの勘違いで、今日で全てが終わるのだとしたら、わたしは今日、どんなにあなたを愛しているか伝えたい。

そして私達は忘れないようにしたい、若い人にも、年老いた人にも、明日は誰にも約束されていないのだということを。

愛する人を抱きしめるのは今日が最後になるかもしれないことを。明日が来るのを待っているなら今日でもいいはず。もし明日がこないとしたらあなたは今日を後悔するだろうから。

微笑みや抱擁やキスをするための、ほんのちょっとの時間をどうして惜しんだのかと、忙しさを理由に、その人の最後の願いとなってしまったことを、どうしてしてあげられなかったのかと。

だから今日、あなたの大切な人たちをしっかりと抱きしめよう。そして、その人を愛していること、いつでもいつまでも大切な存在だと言うことを、そっと伝えよう。

「ごめんね」や「許してね」や「ありがとう」や「気にしないで」を伝える時を持とう。そうすれば もし明日が来ないとしても、あなたは今日を後悔しないだろうから。



最後だと分からないからこそ一瞬を大切にしていきたい・・・ですよね。。

posted by 脱力坊 at 20:25| Comment(4) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする