2014年10月29日

つれづれなるままに・・

皆さんは吉田兼好法師をご存じだろうか?

そう、徒然草を書いたあの人です。秋の夜長を読書で過ごしている私は久しぶりに(学生時代以来かな)徒然草を読み直してみた・・・その一節です。。

法師ばかりうらやましからぬものはあらじ。『人には木の端のやうに思はるるよ』と清少納言が書けるも、げにさることぞかし。勢まうに、ののしりたるにつけて、いみじとは見えず、増賀聖(そうがひじり)の言いけんやうに、名聞(みょうもん)ぐるしく、仏の御教(みおしえ)にたがふらんとぞ覚ゆる。ひたふるの世捨人は、なかなかあらまほしきかたもありなん。 

よく分らんという人・・・の為に

~今風に言ってみると~

しかし、最も羨ましくないのが僧侶だな。清少納言が『人から木っ端(取るに足りないもの)のように思われる』と枕草子に書いてるけど・・・、本当にそう思うよなぁ。

勢力を増して僧侶としてのし上がっても、全然凄いようには見えない。増賀上人が言ったように、名声欲ってそもそも仏教の教義に背いているじゃん!

格が上とか下とか言うやつに限ってたいしたこと無いよなぁ。

(名声・地位への欲望がない)本当の世捨人であれば、尊敬もするけど。 



う~ん。。私も気をつけよう。。 他人様にそんな風に見られてる僧侶、昔も今も変わらないような気がします。。

posted by 脱力坊 at 11:48| Comment(4) | 雑感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする