2020年06月14日

尊厳

ご近所さんにおばぁさんが居ます…何処だっておばぁさんは居ますけど。

とても心配性で真面目なおばぁさんです。
今日も夕方にお寺へ来て、もう何年も前に終わった事をアレコレと心配して「私ね、あのことチャンとしたかしら?」とウチのカミサンに尋ねたようでした。

カミサンは内心「またなの」と思ったのでしょう。
小さな子供をたしなめるように話をしている最中に私が帰宅したのです。

ここまで書けば誰でも分かると思いますが・・いわゆる「認知症」の方なんですよね。
すぐに私が対応し、おばぁさんが納得するまで話を聞いて後、家まで送り届けました。

そして家に戻ってからカミサンに「尊厳」について話を致しました。

認知症の方は時間や場所の感覚が分からなくなったり、最近のことを覚えられなくなったりするだけで幼児に戻った訳ではありません。
邪険に扱われたり、子供扱いされたら普通の大人と同じように不快に感じるのです。

手助けは必要なんだけど、自分で出来ることはやってもらう、そしてきちんと大人として対応するのが「尊厳を守る」ということなんです。

生きている人だけではなく、亡くなった方にも「尊厳」は存在します。
亡くなった方にも生前と同じように大事に接することも「尊厳」

僧侶や僧侶の家族がその「尊厳」をきちんと理解していないといけませんね。
これからこのようなケースは増えていくばかり…いずれ私も行く道なのです。

posted by 脱力坊 at 20:12| 和歌山 ☔| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年06月06日

適量

おはようございます。 いかがお過ごしですか?
天気の良い日が続けばアジサイなどの植物は雨を欲しがります。
なので水やりが欠かせない。
逆に水をそんなに必要としない植物もある。。
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幸せのカタチも人それぞれ。。
同じ量の幸せが皆に必要なのか?

私は私の必要な分を過大に要求しているのかもしれないなぁ。。

posted by 脱力坊 at 07:17| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月28日

self control

おはようございます。 気候もちょうど良いし、午前中は余裕があるので早朝ライド。



さて、若い頃は対人関係、他人の評価、自己の容姿…それだけが全てであるような錯覚をしがちです。

大切なものはもっと沢山あるんだけどねぇ。


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自分に必要なもの、要らないもの…こころの断捨離の仕方を誰かが教えてくれれば良かったのにね。

波音を聞きながらそんなことを思っていました。
posted by 脱力坊 at 07:11| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月25日

救い

「末代の衆生を往生極楽の機にあててみるに、行すくなしとても疑うべからず。一念十念に足りぬべし。罪人なりとても疑うべからず、罪根ふかきをもきらわじとの給えり。時くだれりとても疑うべからず、法滅以後の衆生猶もて往生すべし、況や近来をや。我身わろしとても疑うべからず、自身は是煩悩具足せる凡夫なりとの給えり」

珍しく小難しい文面でゴメンナサイ。。

これは法然上人から黒田の聖に遣わす御文(手紙)、一紙小消息(いっしこしょうそく)と言われる文の前半部分です。

極楽往生には念仏の行の多少、善人悪人の区別、時代の違い、そんなモノはカンケーございません!という有り難い教えなのでございます。

ここでいう罪人(悪人)というのは修行の出来ていない者や道徳的に悪を働いた者というニュアンスが含まれています。
どんな人間でも最後は救いに預かるんだよ~ということなんですが、ではこの世での救いはどうなの?

そりゃ人間社会ですから社会のルールに則って犯罪を犯せば罰を受けるのが当たり前です。
それを許される道理はありません。

この世での救いならば、自分の罪を認め、償い、悔い改めた後に気が付くでしょう。
こんな私でも迎えてくれる場所がある。
帰れる家があると。。

そりゃ友人も知人も離れていくでしょう。それが当たり前です。
それを当たり前と捉えた時に自分の側に居てくれる存在が「有り難い」ことなのです。

その有り難さを目の当たりにした時がこの世での「救い」に他なりません。



posted by 脱力坊 at 19:29| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月24日

痛み

おはようございます。 坊主です。


今日も五月晴れ…ですがいまいちスッキリしない私なのです。

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寺務所で仕事の準備をしているとお墓参りに来られた方々が口々に人のウワサ話をしている。

人の口に戸は立てられないとは言いますがまさにその通りですよねぇ。

今は耐えるしかないのですね(私じゃないけど)


さて、さて、様々な苦しみは悲しみは私たちの生活にとって避けては通れないもの。

仏法はその苦悩の中から、自ら立ち上がり歩きだそうとする者の上に降り注ぐものであります。


知識と経験は別物…大先輩の僧侶がよくおっしゃっておりました。

今頃になってその意味がよく分かる。


痛みを経験してこそ、他人の痛みに共感できるのですね。
posted by 脱力坊 at 07:30| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月12日

苦しみの矢

おはようございます。 いかがお過ごしですか?
今日も良く晴れて気持ちの良い朝を迎えている当地方です。
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さて、さて、嫌な出来事というのは鮮明に覚えているモノですね。
あんなことされた、あんなこと言われた、すでに終わったことなのに勝手に思い出してはムカついたり悩んだり・・。

嫌なことした相手はとっくに忘れているかもしれませんよ。

過去を思い悩むのは、持たなくて良い荷物をわざわざ背負い歩くようなモノなのです。

人は様々な間違いを繰り返すのです。私もアナタも・・。

時には空を見上げてリセットするのが得策なのです。

「この道を実践する者は苦しみを終わらせるであろう、私は苦しみの矢を抜いて癒やす方法をしっているので、この道を説いている」  釈迦(法句経より)
posted by 脱力坊 at 06:25| 和歌山 ☀| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月10日

母の日とは

おはようございます。静かな雨の中、お墓にカーネーションを供えて回る坊主です。
はぁ・・昨日の内にやっておけば良かったのに(ーー;)
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5月10日(日)母の日。

アメリカの敬虔なクリスチャンの女性が提唱したことから始まった母の日。
仏教でも「父母の恩 天の極まり無きがごとし」と説いております。

たしかに私の人生は母親が生んでくれた時から始まった。
それを恩というのなら母に返すことの出来ない恩だろう。

その恩は次の世代へ引き継いでゆくことしか出来ないのだから。。

母の日は命の繋がりに思いを馳せる日なのかもしれませんね。

posted by 脱力坊 at 07:07| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年05月06日

謙虚って

おはようございます。 連休も今日で最後…仕事は少なめと言ってもやっぱり続くとそれなりに疲れもするわ( ̄。 ̄;)

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さて、さて、昨日の話…ある方とお話をする中で「私あの人、嫌い・・偉そうやん」って。。

う~ん…確かにそんなトコロあるかなぁ。


ホントは気の良い人なんだけど表情やモノ言いがそう思わせるのだろう。


じゃあ「謙虚」な人だと誰にも好かれるのだろうか?


謙虚にも色々ある…目上の人・立場が上の人にだけ謙虚な人、自信がなくていつでも他人の顔色を伺っている人。

そして誰にでも丁寧に接する謙虚。


誰かが言ってた「人間、常に謙虚に・・」って。


そうそう、謙虚って「私一人じゃ何もできない」って理解するトコロから始まるんですよね。



posted by 脱力坊 at 06:44| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月26日

目線

おはようございます。坊主です。

毎朝空の色は違って見えます…空でさえ常ではないのですね。
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さて、今朝の新聞に「ヒトは自分の見たいモノしか見ない(見えない)」とありました。

見える…という表現を使っていますが「判断」のことでしょう。

自分に都合の良いように判断してしまう。そういうバイアスがかかってしまうのは私たち凡夫の定めなのでしょうか?

「正見(しょうけん)」悟りに近づく為の実践方法のひとつですが、正しく見るとは私でない目線を持つと言うこと。
私でなく、彼でもなく、あの人でもない…それは「仏」の目線なのです。

そんな目線を持ちましょう…ってそんなん無理やん(ーー;)

せめて・・せめて・・素直な心で物事を見るように心がけましょうね(笑)
posted by 脱力坊 at 05:46| 和歌山 ☀| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月22日

暗闇の中

おはようございます。坊主です。

本来なら今日から五日間、京都の総本山に出張の予定でしたが今年は取り止め。。
余裕ができたことは嬉しいはずなのですが、このままで良いのか?という焦りみたいな感情もあるのです(ーー;)
テレワークと言われてもねぇ~。。

さて、今は暗闇の中を手探りで歩いている状態に似ていると思う。

でも暗闇は光を失った状態ではない…とても小さな光に気がつく為の暗闇なのかもしれませんね。


私たちが見失っていたモノをもう一度見つけてみませんか?

posted by 脱力坊 at 05:26| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月20日

何度でも

おはようございます。いかがお過ごしですか?

さて、今朝の新聞に「一期二会」という記事が載っていた。

一期一会…ではなく一期二会・・それはこれっきりのご縁ではなく「また会いましょう」の願いを込めた言葉。

たしかに「さよなら」だけだともう会えないという寂しさがあるような気がする。

一期二会、一期三会…ご縁は何度あってもいいですよね。


posted by 脱力坊 at 06:42| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2020年04月18日

命日

おはようございます。外は静かな雨…この雨がウイルスを全て流してくれたらいいのに。。

さて、ウチの長男よ、そして4月生まれの皆様…誕生日おめでとうございます。
誕生日を別の言い方にかえると「命の日」そして命の日から「の」を外すと「命日」となります。
命日は人が亡くなった日。

なぜ亡くなった日に「命日・・命の日」と書くのでしょう?

この世での役割を終えてあちらの世界(彼岸・浄土)で命を授かった日…という意味で「命日」なんですね。
そして残された私たちが亡き人のご命日を縁として自らの人生を、自らの命を考える日でもあるのです。


死んだら終わり・・ではない、別の世界で命を授かるんだ!という仏教(浄土思想)の考え方は好きだな(笑)
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めずらしくお坊さんみたいなことを書いてみる今朝の私なのです(;^_^A
posted by 脱力坊 at 06:23| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする