2019年06月02日

出会い

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おはようございます。 昨夜は布教師総会に出席…これで総会は全て終了だな。。ヤレヤレです(^▽^;)

さて、人と出会うのは煩わしい事も多々あるがそれ以上に新しい発見があるので積極的に出会いを求めた方が良い。
なにより人との出会いで今まで気付かなかった自分に出会うこともある。

出会いと別れは表裏一体というけれど本当の出会いに別れはないのかも。。

どんなに遠く離れていても心の中に居続けること、それが本当の出会いなのでしょう。
posted by 脱力坊 at 05:46| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月31日

心施

おはようございます。5月も最終日、いかがお過ごしですか?

さて、「自分の人生に意味があるだろうか?」なんて考えたこと、一度はあるんじゃないですか?
思い通りにいかないことの連続で下を向いてばかりだと余計にそんな事を思ってしまいますよね。。

でも自分の行動が上手くいかなくても、周りの人を思い遣る気持ちがあればそれだけで生きていく意味はあるのだと思うのです。

自暴自棄になってはいけません…思いやりがある人って誰かの役にたっているのです。
それを仏教では「心施」と言います。

心を、思いやりを施す…立派な修行なのです。
posted by 脱力坊 at 05:24| 和歌山 | Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月17日

またね

少し早いけれど今年に初盆を迎える方々の確認と準備をしました。
昨年のお盆を過ぎた時期から今年の6月末までにお亡くなりになった方が今年の初盆となるわけです。。

思い返せば色々なお別れがありました。
遺族の方も納得するほど人生を全うされた方、ご遺族にとってまだまだ必要とされたお若い方も。。
人生は思い通りに行かないモノですね。

そして僧侶が必要ないんじゃないか?と思えるほどキチンとお別れをされた方もいる。

お別れのお手紙を朗読された葬儀でのこと。。

「またね」そんな言葉が印象に残っています。

そうなんです…私が称えるお念仏も呪文ではありません…お念仏は「また会いましょう」の合言葉なんですよね。
宗旨の教義なんて勉強していなくても「またね」と言えるご遺族の方に私は感動したのです。

そんな言葉があれば私の法話やお説教なんて必要ないな。。




posted by 脱力坊 at 21:28| 和歌山 ☀| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月16日

人生の集大成

「昨日のお通夜でのお話、大変分かりやすくいいお話でした」と褒めて頂いたのは本葬の30分前に私が僧侶控室に入った直後のこと。。

私が知らない新顔のスタッフさん数人が入れ替わり立ち替わり、そんな事を言うもんだから「ほめ殺しか?」と疑ってしまうアマノジャクな私なのです(-_-;)

普段の私はお通夜で法話は致しません。
お話をさせて頂くのは故人様が火葬されたあとの灰葬法要の場で家族・親類だけとなった時だけです。
でも昨夜はナレーションも喪主挨拶もない簡素化されたお式だったので「じゃあ少しだけ」と話し始めた私。

たしか「お通夜とは参列した方々がそれぞれの思い出や想いを持ち寄る場所。息子たちは母親としての想い、孫たちは祖母としての想い、幼なじみは幼少期の友人としての想い、仕事仲間は同僚としての想い。それぞれが想いを持ち寄ることで故人様の人生の集大成となります」…みたいな話だった。
それ以外にも私と故人様だけのエピソードも添えた。

家族でさえ知らない一面が誰にでも一つはあるものです。

故人様を偲ぶとは儀式だけの問題ではない、支え支えられた人たちが集まることも大事なことだと思うのです。




posted by 脱力坊 at 18:30| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月12日

午後からは仕事もないので草刈りなどをして過ごした。
でも・・梅雨に入る前のカラリとした天気は貴重だよなぁ。。
ほんの少しの時間でも出かければ良かった…と今更ながら思う。。
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さて、さて、今は平行線をたどっている間柄に思えても長い時間の中…どこかで交わるんじゃないか?と思っている。
それぞれ考え方が違っていても分かり合える時がくるような気がするのです。

逆に今は接点もあり同じ方向を見ているつもりでもこの先には大きな隔たりを感じる場合もあるでしょう。

つまり…人間は直線的に生きている訳ではないってことですね(^▽^;)


posted by 脱力坊 at 17:25| 和歌山 ☀| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

空の上

おはようございます。 良い天気が続いていますね。


さて、色々な人と話をしてみると世間のことを何もしらない自分に気が付きます。


井の中の蛙…まさにそれですね。


まぁ誰でも自分の仕事のこと、身の回りのことを経験上知っているだけで世の中を分かっているつもりなのかもしれません。


でもそれで良いんですよ…知らなければ学ぶなり、他人と多く接して教えてもらえば済む事だし、ひとつの事を深めていくのもアリでしょう。


井の中の蛙大海を知らず、されど空の深さを知る。…今朝の空を見上げながら自分の頭の上の深さを考えています。


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2019年05月06日

地獄行き

おはようございます。

境内にそびえるナギの木は樹齢700年を越えると言われています。


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このナギの木…そろそろ葉を散らす季節がきたな。。

これからの私は掃除地獄に落ちる(ToT)

さて、そんな事を思いながら考えること…それは地獄・極楽…いわゆる六道輪廻(生まれ変わり)と言われるものは死後のことではない、今、現在生きている私たちの心の在り様なのだと。

嬉しいことがあれば天に昇る気持ち、悔しくて怒りを憶えた時は地獄、修羅の世界に落ち、絶え間ない欲望に心を奪わた時は餓鬼道に落ちているのだろう。

掃除地獄ぐらいならまだ救いようがあるってモンです。
posted by 脱力坊 at 05:42| 和歌山 ☀| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月03日

自分が一番

おはようございます。皆さん連休を楽しんでますか?

さて、自利と利他という考え方があります

自利とは自分を愛すること、利他とは他人の為に働くことだと思っても良い。(仏教の専門書では違う説明だけど)

どちらが大切でしょう?
お釈迦様はまず自分を愛しなさいとおっしゃいました。

自分を愛する、自分が一番…と思えば誰だって同じように自分が一番だし自分を愛する存在だと知ることができます。

そう思えば他人の利己主義も納得がいく…そして許すことが出来るのです。

みんなそれぞれが尊い存在…そのことを知る為には自分を愛することが大切なのです。

そのうえで他人も認める様になれば良いですね。

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モミジの若葉が綺麗な5月です。。


posted by 脱力坊 at 05:41| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年05月02日

会話

法話やお説教…それは僧侶の仕事のようなもので「何かしら話をしないといけない」という強迫観念がある。。

もちろんそれも大切なことなのですが会話の方が大切な場合もある。

私が話しの口火を切って相手の想いを引き出す…「うん、うん、そうだね」と共感できることがあれば多少大げさな頷きでも構わない。

視点が違うと感じたら「仏教ではこう説きます」とひとつの選択肢として提示することもある。

自分の知っていることばかり話すのがお説教とは限らないよな~。。

今日はわりと会話が出来た日だった気がします。。ありがたや~(人''▽`)


posted by 脱力坊 at 17:19| 和歌山 ☀| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月21日

終活なんて・・

終活なんてしてなかったから母親の荷物が多くて・・と今夜にお参りしたお家の方はおっしゃいました。

最近は終活の一環として断捨離が流行っているようですが…私はそんなに整理する必要はないと思っています。
まぁある程度の整理はしておくに越したことはないのですが・・。

私たちが旅立つ時、この身体すらあの世(という概念)に持っていけないのだから身の回りの荷物は整理しておきたいし子供たちに迷惑をかけたくない…そんなふうに考えるのは当たり前かもしれません。

でも親の荷物を整理したり片付けたりする時間って残された者にとっては大事な時間かもしれない。
残された荷物、遺品を眺めながら旅立った人の人生を、関わってきた時間を振り返る…そんな経験は貴重だと思う。


posted by 脱力坊 at 20:22| 和歌山 ☁| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月05日

零れる

おはようございます。 この寺にある桜のうち一番早くに咲いた桜がすでに散り始めました(;´Д`)
まだ薄暗いこの時間ではうまく写真に収めることは出来ませんが…。

桜が散ることを「零れ桜」こぼれさくら…と言います。

散る…とは言わずに「零れる」という表現は素敵だなぁ…と思いながら桜の花吹雪に見とれています。

ピークを過ぎ、零れだすほどの桜の花びら…ってことですよねぇ。

その表現は私たちの命が終わる時、「死ぬ」とは言わず「往生」という事にも通じるような気がします。

私たちは死ぬんじゃない、往生(極楽へ生まれる)するんだ! 詭弁・方便と捉える方もいるでしょうが桜の花びらと一緒で次の春に咲く為に零れていくんだよねぇ。
posted by 脱力坊 at 05:32| 和歌山 ☀| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年04月02日

自然(じねん)

この頃は少しでも時間が空いていれば境内で草を曳いたり、掃除をしたりしています。

風は冷たいけれど春色に染まった境内は心地よい。

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さて、自然…仏教では「じねん」と読みます。

かわらない真理・教え、あるがままという意味。


自分勝手や自分中心の生き方ではなく、まさに自然に任せた生き方を説いているのです。


自然に触れ合うことで「思い通りにならない」という事を知ることができる。

身近な自然を観て、触れて春の花々の様にささやかでも精一杯生きることを学びましょう。

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思い通りにならなかった色々な事や空回りだった事を懐かしく想いながら春の景色を楽しんでします(笑)



posted by 脱力坊 at 17:26| 和歌山 ☀| Comment(0) | 法話みたいなこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする